きょんの様へ

   

 いつだってあの人は人を惹き付けてやまないから――

 

     「嫉妬」



 「あ〜あ〜、また派手に絡まれたわねえ」
 
 赤く腫れあがったヒナタの頬に冷たいタオルを当てながらテンテンは溜息をついた。


 任務も早く終わり、ではたまにはゆっくり買い物でもしようと街中にでた途端

 路地裏で数人の女に囲まれていたヒナタを見つけたのだ。

 「ヒナ・・」

 呼びかけようとして、だがすぐにヒナタを取り巻く女たちの敵意に満ちた空気に声をなくした。

 それから反射的に、ヒナタに乱暴を働くその女たちをなぎ払うように突き飛ばしていた。

 女たちは見目は美しい方だがその表情に醜悪なものを浮かべ、テンテンへと汚い捨て台詞を

 投げかけると慌ててその場から立ち去ったのだった。




 「ヒナタちゃん、どうしてやり返さなかったの?」

 「え…あ、うん…」

 困ったようにヒナタが俯く。それに更にテンテンは溜息を吐く。

 …ヒナタは優しすぎる、忍びとしてテンテンと同レベルに強いというのにそれを表に出さない。

 だから余計にあんな女たちにまで舐められるのだ。あんな格が下のくのいちなどに。

 そう歯痒い思いを抱きながらふとテンテンの視界の隅に何かが引っ掛かった。

 足元に落ちていたそれは見慣れたもの、確かチームメイトの…。

 「これってネジのクナイじゃない?よく使ってる…」

 拾い上げてヒナタに差し出すと、彼女は静かにそれを受け取った。

 「これ、ネジ兄さんの大切な忍具のひとつだから…だから返してって言ったの…」

 「ああ、それでケンカになっちゃった訳ね。」

 「う、うん」

 それにしても、あの隙などない上忍のネジがよく自分の忍具をあんな下っ端に盗まれたものだと

 テンテンは不思議に感じていた。

 そのテンテンの訝し気な表情を読み取ったのかヒナタが補足するように説明してきた。

 「こ、これ私が貰ったの…お守りだよって兄さんが。でも…あの人たちに見られていたみたいで。」

 「見られていた?ヒナタちゃん、気配で分からなかったの?というかネジもだけど。」

 そこでヒナタが言葉に詰まってしまった、何か酷く狼狽している。

 だが、俯き口元に指を添えながらも彼女はテンテンに話し出した。

 「ネジ兄さんは…分からないけど、私は気付いていたの…。」

 「え?」

 「兄さんはもてるから、私いつも嫉妬に苦しんでいた…だから、あの人達に見せ付けるように兄さんに

  抱きついたりして…見られてるの知っていて私わざと…だって兄さんに近付く女の人たちが

  嫌で嫌で堪らなかったからっ…だから…で、でも後で凄く後悔したの、あの人たちだって

  兄さんが好きなのに。片思いの辛さはよく分かっていたはずなのに…それなのにあんな見せ付ける

  ような真似…私は意地悪で汚い…だから…。」

 「だから大人しく殴られたりしていたのね、言い返しもしないで。」

 涙ぐんだ瞳がテンテンを縋るように見詰める。その純真で優しげな瞳にテンテンは苦笑した。

 「やっぱ優しすぎ!」

 ヒナタは自分に芽生えた嫉妬心に脅えている。

 そしてその嫉妬から出た行為に強い罪悪感を抱き恥じているようだった。

 だが普通の感情だ、それでもヒナタにとっては耐え難い苦しみなのかもしれなかった。

 「ど…どうしてかな?ただ兄さんを好きなだけなのに…こ、こんなに醜い事ばかり…」

 テンテンはこの余りにも汚れのない少女の頬に手を添えると優しく囁いた。

 「人は天使にはなれないのよ、分かるでしょ?」

 「はい…」

 「嫉妬は恋に不可欠なのよ。良かったじゃない?恋してる証拠なんだから。」

 茶化すようにウインクすると漸くヒナタが微笑んで、ありがとう、と涙を拭いさる。

 それに頷いてテンテンは、これから任務だからと申し訳無さそうに礼を述べ街中に

 立ち去るヒナタの背中を見送ったのだった。





 「見てたんなら助けてやりゃいいのに。」

 ヒナタと別れて又一人歩き出したテンテンは微かに動いた気配に声をかけた。

 自分たち中忍に気取られる事なく完全に気配を消していたのは流石だが悪趣味だとも思えた。

 自分の恋人が自分の取り巻きに殴られ罵倒されていたというのに助けもしないとは。

 そう腹立たしく思っていると気配のする方向の路地裏に繋がるレンガの壁が一部グニャリと歪む。

 歪んだ壁からゆらりと現れた青年は稀にみる美青年だった。すらりとした気品があって。

 だがその本性をよく知っているテンテンにとって彼はやっかいなチームメイトでしかなく。

 「ネジ!あんたワザと取り巻き達がヒナタちゃんにケンカ売るように仕組んだんじゃない?」

 正義感に憤るテンテンへとゆっくり近付きながらネジは周囲の道行く人々をちらりと見回しながら

 ああ、と短く答えた。

 「ヒナタ様がどうでるのか知りたくてな、言い返すくらいはしてくれるのかと期待していたんだが。」

 「無理よ、彼女は自分の嫉妬心にさえ脅えるような子ですもの。」

 「善良すぎるのもいささか問題だな…。」

 「ちょっと、まさか呆れたとかいうんじゃないでしょうね?」

 「いや、だがもう少しな。あれじゃ物足りないだろう?」

 「あ〜あ、とんだ悪魔に恋されちゃったわね。彼女に同情するわ。私だったら絶対ごめんよ。」

 「安心しろ、お前みたいな気の強い女は俺の好みじゃない。」

 その物言いにテンテンは、矛盾してるわ!とネジを睨んだ。気の強い女は嫌いなくせにヒナタへは

 それを求めているではないか。だがネジは彼女の視線など意にも介さずに言ってのけた。

 「あのな、俺は気の強さを求めてるんじゃない。」

 「じゃあ何よ?」

 「俺への思い入れの深さが知りたかっただけなんだ。あの女達に俺はヒナタ様だけのものなんだと

  言って欲しかっただけなんだよ。」

 自分への愛の深さを知りたくて取り巻き連中を煽ったのか、この男は。

 だがそれは裏を返せば自分が愛されているのか自信がないという事ではないか?

 (ヒナタちゃんはナルト君が好きだったからねえ…)
 
 そこで小気味が良くなってテンテンは笑いが零れた。それにネジが眉を顰める。

 「なんだ?」

 「ううん、なんでもないわ。じゃあ私はこれで。」

 背後で気難しい顔をしているであろうネジに憐れみさえおぼえながらテンテンはその場を立ち去る。

 (まったく、とんだ天使と悪魔のカップルよねえ。神様も面白い計らいをしたもんだわ。)

 対照的な二人の恋の行方を見守るという楽しみが増えて早速恋人のリーにもその楽しみを

 分けてやろうと彼女はほくそ笑むのだった。



 テンテンと別れてからネジは大きく嘆息する。それからヒナタの任務が終わる頃合まで
 
 修行でもしようと修練場に向かった。柔拳の構えをとりながらひたすら修行に励もうとするが

 程なくしてその手を休める。どうも余り集中出来そうになかった。

 (多分、あれのせいだ)

 そして昼間の一件を思い返していた。


 ――もっと嫉妬して欲しい――


 それがきっかけだった。自分はもう随分と前からこの感情に振り回され苦しんできたので

 彼女にもそれを望んでいた。自分ばかり不公平だと思えたから。

 (俺の方が彼女に溺れている、彼女にも俺を強く求めて欲しい。もっと俺を…)

 優しすぎる彼女が自分への執着や嫉妬から強くあの女達に言い返してくれたらどんなに嬉しいだろう?

 そんな出来心からわざと目に付くように周囲を煽っていた残酷な自分。



 でも…。



 ヒナタは言い返さなかった、自分への執着や愛が足りないのかと胸がずきりと痛んだ。

 だから彼女が殴られても足が動かなかった、早く言い返してくれと見詰め続けていた。



 本当はまだアイツの方が好きなのか?又どす黒い感情に支配されそうになったとき

 テンテンがやってきて…ヒナタの心を知る事が出来た。

 彼女も又ネジへの恋心から嫉妬に苦しんでいたのだと――

 それに満足してやっと心が晴れた。同時にヒナタを試していた自分に吐き気がする。

 (どうしていつも彼女を疑ってしまうんだ?もう彼女は俺の恋人だというのに。)
 


 夜――。

 そんな昼間の罪悪感から、その侘びの思いも込めていつもより優しくヒナタに口づけをする。

 こんな口づけだけの逢瀬を何度重ねた事だろう。宗家の者に気付かれぬようヒナタの部屋に

 忍び訪れては唇を重ね愛を囁く。そうして名残惜しさに疼く胸を抑えながらそっと去ってゆくのだ。

 正直からだを重ねたかったが、ヒナタを脅えさせ嫌われるのが怖くてずっと躊躇っていた。

 自分が彼女に本当に愛されているのか自信が持てなかったせいもある。

 だから今夜もこのまま優しいキスだけで帰るつもりだった。たとえヒナタの心を知る事が出来ても

 まだどこか怖くて触れる勇気が出なかった、罪悪感が手伝っているせいもある。

 だが去り際に袖を掴まれネジは息を呑む。

 「ヒナタ様?」

 「か、帰らないで?こ、今夜は…ずっと傍にいて…?」

 恥じらいながら耳まで赤くなってヒナタが消え入るような声でそう言った。

 「だが、それではあなたを傷つけてしまう。俺には自信がない。」

 正直な気持ちだった。今だってヒナタが欲しくて堪らないのを必死で抑えているのに。

 だがヒナタが次ぎの瞬間ネジの胸へと身を預けるように飛び込んできた。

 「ヒナタ様?!」

 「あっ、…あの…私、いつも兄さんに愛されているか不安で、だから余計に兄さんに近付く

  女の人全てに嫉妬しちゃうの。いつも不安で不安で堪らないの、だ、だからっ…」

 「ヒナ…」

 「だから…不安にならないように…抱いて下さい…。」

 縋りつくヒナタが愛しくてネジは彼女の涙に濡れた頬に唇を寄せると静かに彼女を抱き締める。

 「不安なのは俺もだよ。」

 「え…?」

 「いつもあなたに近付く男たちに嫉妬している。」

 「にいさっ…」



 後はもう流れに身をまかせていた。

 不安などお互い感じることなど無い様に、そう願いながら強く抱き締めあう。

 試すことも脅える事も無くなる様に、お互いを信じあえるようにと祈りながらその身を重ねた。

 (にいさっ…くるし…)

 破瓜の苦痛に喘ぐヒナタの声をうわ言の様に感じながら、夢中でネジは抱き続ける。

 もう何も考えられなくなっていた。



 「ヒナタさ…ま、ヒナタ…さまっ…」

 快楽に眉を顰め、瞳を閉じてひたすら自分を穿つネジのその艶めいた姿にヒナタは胸が熱くなる。

 (にいさんは私のもの、私だけのもの。)

 ネジの首に縋りつき唇を求め舌を絡める。もう夢中で彼を求めていた。

 同時にネジの律動が激しくなり、絡めた舌先を強く吸われる。

 「んむううっ!」

 唾液がとめどなく流れ落ち呼吸さえままならない。もう何もかもがネジと溶け合っているような

 一体感に満たされていた。痛みさえ初めて感じる快楽へと変わり始めていて。

 朦朧とその快楽の波に身を委ねているとネジが口早に声をかけてきた。

 「いくぞ?ヒナタ様」

 ネジが上体を起こし、ヒナタの腰を掴んで追いつめるように強く突き上げはじめる。

 「ああっ!」

 激しく視界が揺らされ、与えられる振動にヒナタはあられもなく泣き喘いでしまう。

 「いっ…やあっ!あっあっあっ!」

 初めてだというのに体は快感に打ち震えている、愛するネジからの行為のせいかもしれなかった。

 (ああ、も、もうだめぇっ)

 ヒナタの中で何かが弾け蠢く感覚がした瞬間、強い律動と共にネジの動きが止まる。

 「ヒナタッ!」

 一層強く抱き締められて、それからネジが小刻みに震えるのが分かった。

 乱れた呼吸を整えながらネジがヒナタを抱き締めてくる。

 「…よかったよ、ヒナタ様。」

 優しく髪を撫でられた。それから耳朶を甘噛みされそっと囁かれる。

 「これで嫉妬しなくて済むかと思ったが、無理だな。」

 「…どうして?」

 甘えるような声音にネジがヒナタの体を弄りながら答えた。

 「益々あなたを愛してしまったから。もっと俺だけに縛りたくなった。」

 「ネジ兄さん…」

 恋に嫉妬は不可欠だと昼間テンテンが言っていたが、それならば死ぬまでこの思いを抱いて

 いたいとヒナタは感じた。そう、ずっとネジを愛していたいから…。

 「私も…無理みたい。」

 恥ずかしかったが思わずそうネジの耳元で囁いていた。彼の首に腕を回しキュッと目を瞑る。

 「そうか。」

 心なしかネジの声が嬉しそうに聞こえた。それから腕をほどかれ暖かい息が近付いて深く唇を求められる。

 驚いて目を開けると唇を離したネジがヒナタの胸に顔を埋め愛撫をはじめていた。

 「あ、…だめっ」

 「いやだ、もっとヒナタ様を愛したい。」

 強引だが魅かれてやまないネジからの愛撫にヒナタは喉を鳴らし、目を細める。

 次第に満たされてゆく感覚にヒナタは幸せをかみ締めるのだった。

  (了)




    ★ 「be important to」 きょんのさまへ相互の御礼に捧げますv
       もてるネジにヒナタ嫉妬、もちろんネジヒナなので周囲の女の子はヒナタに嫉妬、
       出来ればガイ班かハナビを絡ませて微エロ、とのリクエストだったんですが
       …すんません!嫉妬ヒナタさま、うまく書けませんでした。そしてネジが黒い。
       こんなんですが貰ってください〜!そしてこれからもよろしくお願いしますv
       (2005/11/25UP)








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