佐和さまキリリク小説
 

「火影様、どうされたのですか?」 
お付きの青年の声に、彼はゆっくりと振り返った。濃い藍色の髪が風になびく。
「ああ、少し…里を眺めたくてね。」
その火影の言葉に、青年は不思議そうな顔をした。彼なら、歴代唯一の血継限界を持つ火影の彼なら
わざわざこんな小高い丘に来なくても、その能力だけで里を見回すことも出来るのに。
青年の疑問に気付いたのか、若い火影は穏やかに微笑んで付け加えるように言った。
「白眼は使わずに…この目で見たかったんだよ。今日は…」

    今日は、あの人の命日だからね…。


          『命を継ぐもの』


「たわけ!なんだ?そのざまは!」
悪し様に罵られて、したたかにぶたれる。今日で何度目の叱責か。アサヒは口内に広がる血の味に怯んだ。
だが、そんな怯えは目の前の男にとって怒りを煽るだけのものでしかない。
彼はアサヒの胸倉を掴むと怒りに満ちた声で低く囁いた。
「この臆病者め…何度言ったら分かるのだ?お前は宗家嫡子なのだぞ?もっと気概を持たぬかっ!」
「で…ですが…父上…僕には…出来ません…」
「なんだと?」
「あ…あの小さな鳥を…修行のために射殺すなど…あんな…一生懸命に生きている小さなものを…」
「っ!!」
次の瞬間には、勢いよく頬を殴られていた。思わず吹き飛ばされて地面に叩きつけられてしまう。
痛む体で見上げた父…日向ネジの白い双眸がギラギラとアサヒを睨みつけていた。
「このクズが!白眼も発動できない出来損ないのくせに…同情などしていられる立場か?!」
「…ち…ちうえ…ごめんなさい…ごめんな…」
「謝るなっ!」
「!」
「女々しい奴…その不甲斐無さが…ヒナタを…」
「っ…」
「俺の妻を…お前の母を失わさせたのだ!お前が手負いのケダモノなどを庇い、逃げようとしなかったから…
 ヒナタはお前を守る為に…犠牲になったのだ!」
「父…う…」
「その犠牲をお前はっ…お前は何だと思っている?!…少しは亡き母に報いようとは思わぬのか?」
「そ、それは…思ってます!ぼ、僕は…母上のためにも強くなろうと…でもっ」
「口答えは許さない!」
父の怒号が響き渡ると同時に又強く殴られていた。体中に広がる痛み、無数の痣。
母を溺愛していた父…。日向はじまって以来の天才である父…。分家でありながらその才能で宗家の主となり
宗家嫡子であった母を強引に娶り…彼女の言葉しか聞かなかったという。それ程に母を愛していた。
(その母上を…僕が父上から奪った。だから父上は僕が憎いんだ…)
遠のく意識にまだネジの怒りに満ちた声が響いていたが、アサヒはそのまま意識を手放した。




目が覚めた時、視界に入ったのは叔母のハナビの姿であった。亡き母の妹である彼女はアサヒを可愛がって
くれている。今日もネジからの折檻で気絶したアサヒを心配して見舞ってくれたらしかった。
「…大丈夫か?今日は又一段とひどくやられたな。」
冷たいタオルをアサヒの額にのせながら、彼女は悲しそうに呟いた。
「義兄上は…姉上が亡くなってから人が変わった。前はこんな事するような人じゃなかった。お前のことも
 あんなに慈しんでいたのにな・・。」
「おぼえています。父上は…白眼を発動できない僕を…母上と一緒に一族の手から守ってくれた・・。本来なら
 不完全な者として、抹殺されるべきであった僕を…」
「・・・・・・・」
「それなのに…僕はその恩を…あだにしてしまった…父上と母上の愛を裏切ってしまったんだっ!」
気持ちが昂ぶって自分を責めるように号泣するアサヒを、ハナビは慰めるように手をかけてそっと抱き締めた。
「あれは事故だったんだ、お前のせいじゃない。あのケダモノは敵に操られていたんだ、それに幼いお前が
 だまされても誰が罪を問えよう?お前はあの時、まだ4歳で…どうしようもなかった。」
そう、あのケダモノは…前宗主のヒアシでさえ倒す事が出来なかった。遅れて駆けつけたネジにしか倒せなかった。
だから、ヒナタの死だけで済んだ事が奇跡なのだ。
(だが…義兄上は姉上の死を認められなかった。認められなくて…)
ハナビは己の腕の中で泣きじゃくる甥の姿を見詰める。まだ13歳の少年であるアサヒは声変わりも遅く
母であるヒナタに生き写しであった。それが、ネジの怒りをさらに助長させているのだろう。
(義兄上は怒りの矛先をアサヒに向けた・・。姉上に生き写しのアサヒを愛しながらも…姉上を思い出させる
 アサヒを義兄上は深く憎悪している。)
ヒナタが死んで、ネジは後添えを一族に何度もすすめられた。その中にはハナビの名もあった。
だが、ネジは頑として話しを受ける事はなかった。彼の心はヒナタだけにあるのだと言い切って。
では宗家の嫡子はどうなる?白眼を発動できないアサヒに継げるはずがない、宗家の血はどうなる?
そう、責められてもネジは一族の重鎮たちに冷たい嘲笑を向けるだけだった。そうして冷めた口調で告げる。
『次代の宗主は、ハナビ様の御子で構わぬ。あの人を優秀な分家と娶わせて優秀な子をもうけて貰え。』
だがハナビにはいまだに子は授からない。宗家の血を受け継ぐ者は今現在アサヒしかいないのだ。
でもアサヒの白い瞳は生まれながらに白眼の能力を持たない。彼に残された道は、継嗣を残すために生きる事のみ。
血を次代に繋ぐまでは宗家に留まり、無能の者として蔑まれて生きていくのだ。




「宗主、アサヒ様のことですが。」
「なんだ?」
ネジは巻物を読む手をとめて、ハナビの夫である分家頭の青年へと振り返る。ハナビの夫であるその青年は
優しい気質の人物で、気性の激しいネジによく仕えてくれる。その彼がアサヒについて口を出してきた。
訝しんで、その男をネジは強く睨むように見詰めた。彼は一瞬、とまどうかのようであったが、覚悟を決めたのか
ためらいつつも、その口を開いた。
「アサヒ様の事ですが…あのような激しい修行は如何なものかと…失礼ながらアサヒ様は宗家の血を継ぐお方。
 その御身だけで充分意味のあるお方なのです。強くなられなくとも、我等分家がお守りします。ですから・・・」
「ふん、白眼を使えぬ者に修行など意味はないという事か。だが修行は止めない。あんな出来損ないでも
 宗家の嫡子だ。一介の忍程度に使えなくては、一族の恥じというものだ。」
「ですがっ・・・あれは修行などではありません!あれはまるで…折檻のようではないですか!」
普段穏やかな分家頭の、ネジをたしなめる声。それは悲痛にネジの耳に響いた。思わず口元が歪んだ笑みを
浮かべる。だが、ネジはそれをすぐにかき消すと、目を細め威圧するように言った。
「俺の息子だ。余計な口出しは無用。あれが唯の折檻だと映るならお前に告げることは何もない。」
「宗主?そ、それは一体どういう意味ですか?」
「…今に分かる。今に…な。」
(宗主?)
彼に背をむけてネジは茶色い小瓶を手に取り口に含んだ。心なしか、ネジの背中が小さく見えるのは気のせいか。
ヒナタが死んでから、よく見かけるその行為に分家頭である彼は心配になった。ネジは毎日必ずそれを服用している。
茶色い小瓶の中身が何なのか気になって前に聞いたことがあったが、唯の栄養剤だと答えられて。
それで納得していた。ネジは若く壮健である。だから、薬などの類である筈がないと。
だが、最近のネジは少しおかしい。強さも威厳もそのままなのに、どこか儚い感が漂う瞬間がある。
「宗主、まさか…どこか患いでもお有りか?」
だが、その問いにもネジは、はっきりとした答えをよこす事はなかった。


   
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