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その日、綱手は暗い気持ちに沈んでいた。もうすぐ…あの時が訪れる。
『綱手さま、本当なんでしょうね?本当に…』
13年前に約束したあの日の、あの僅かな光りにでも縋りつくようなその声に。
何度、後悔したことか・・。告げてはならぬ禁忌のそれを伝えてしまった己の弱さに吐き気がする。
だが、それが里の為になるのなら―少なくともあの男の救いにはなるのだろう。
「だが…正直つらいな…。」
彼女は椅子から立ち上がると、窓から里を見下ろす。
この偉大な木の葉隠れの里は…一体何人の尊い命を犠牲に繁栄してきたのだろう?
『俺も…木の葉の礎に…』
名もない英雄の一人であった亡き父のように。そう、あの男は言った。
「ネジ…あの馬鹿者めが…」
一筋の涙が綱手の頬を伝い流れ落ちた。
アサヒが14になって間も無く、事件は起きた。
その日、ようやくハナビに子供が授かり、その赤子は白眼を受け継いで生まれてきた。
よって一族はその赤子を宗家嫡子に決定したのだ。
そしてそれは今度こそアサヒが日向にとって無用の人間なのだと決定付けられた瞬間でもあった。
赤子の誕生を祝う宴の席で、ネジは宗主として赤子を祝福し、それから、アサヒに蔑みの目を向けた。
それに肩を震わせるアサヒであったが、傍にいたハナビから赤子を抱いてくれと差し出されたとき。
悲しい気持ちや情けない思いは、暖かい子供の笑顔にきれいに消えていた。
「…可愛い…僕の従妹なんだね…」
この子が日向を導く者。そして自分は…自分が負うべき重責をこの子に与えてしまった。だからこそ
命にかえてもこの子を守ろうと。そんな決意が自然に胸に湧き上がっていた。
「ふふ、アサヒ、そんな優しい瞳で見てくれるのか?私の娘は幸せ者だな。」
「叔母上、僕はこの子が可愛いです。…とても。」
父の視線が突き刺さるように感じる。情けなくはないのか?その地位を奪われて、それでもお前は男かと。
ネジを見なくとも、彼の気持ちは嫌というほどアサヒには分かった。だが、仕方ないではないか?
(僕は日向としては…出来損ないなのだから…)
赤子をハナビに渡して、アサヒは宴の席からそっと抜け出そうとした。だが、一瞬鼻につく嫌な臭いに足が止まる。
(これは?!)
忘れもしない。あの日、母を殺したあのケダモノと同じ臭いだった。
「なっ?何事だっ?!」
アサヒが振り向くと同時に、宴の席には多数の獣がなだれ込み、一族を襲っていた。
その獣は、あの日のケダモノと同じ姿で、赤い眼が凶暴に光り一族の人間の喉笛を噛み切っている。
アサヒの眼でも見えるチャクラの糸は獣たちに絡まっていて、それはヒナタを殺したケダモノを操っていた敵が、
使用していたものと同質であった。今度こ敵は日向宗家を根絶やしにしようとその牙を剥いたのだ。
「ハナビ!赤子を連れて逃げろ!」
分家頭が妻であるハナビに叫ぶ。だが次ぎの瞬間、彼は獣に喉を噛み切られ断末魔の叫びを上げていた。
「あなたっ!」
「叔母上っ?!駄目です、早く逃げてっ!」
夫の仇を取ろうと赤子を侍女に預けて立ち向かおうとするハナビを制して、アサヒは彼女を獣から守るように
立ちはだかった。それにハナビが激怒し、アサヒを責める。
「邪魔立てするな!アサヒ!」
「ですが、叔母上はまだ産後間もない体、無理はいけません!」
「だまれ!夫が殺されたのだぞ?どけ!アサヒ!」
「駄目です!早く逃げて下さい!」
「だからと言って、お前のような無能の者に庇われてたまるかっ!」
それが本音であったのだろう。そんな事は重々承知していたアサヒであったが、唯一の理解者だと信じていた
叔母からの蔑みの言葉は、鋭い刃物のように彼の心を切りつけていた。
それでも。
「僕は今度こそ、守ると誓ったんだ!叔母上、逃げてください!」
どすっ、とハナビのみぞおちに拳を入れると彼女を分家の者たちに託した。それから混乱の中、獣と戦う
一族の男たちへとアサヒは合流して、クナイを手に身構えた。
(白眼は使えないけど…僕には僕の戦い方がある!)
そうだ、幼い頃から父に刻み付けられた技の数々が・・・。
だが、日向流体術には遥か及ばないのも分かっている。それでもアサヒは弱い自分と決別するかのように
強大な敵へと立ち向かっていった。ぎりぎりで獣の爪をかわし、背中にクナイを突き立てる。だが硬い肉は
クナイでは傷ひとつ付かない。反動でアサヒの手からクナイが弾き飛ばされた。
空中で回転し着地した瞬間には獣の生暖かい息が顔にかかり、その牙が眼前に襲い掛かる。
日向の男たちでも敵わぬ相手。やはりここまでかとアサヒが覚悟を決めた瞬間。
「俺の息子までお前たちにやる訳にはいかない!」
(父上?!)
ネジが白眼を発動し、襲い来る獣たちを柔拳で次々と倒していく。その威厳に満ちた勇姿と激しさに
アサヒは腰を抜かしたまま、ただ見惚れるしか出来なかった。
だが、ネジからの叱責に我にかえる。
「アサヒ!印を組め!俺はお前に教えたはずだ、白眼なしでもお前は戦えるのだと!それを皆に見せるがいい!」
「で、でも…」
「アサヒ!!」
一瞬の隙がネジに出来た。倒したはずの獣がネジの右腕を噛み千切る。
「っ!!!!」
「父上!!!」
倒れこむネジに残った獣が一斉に襲い掛かった。
「うああああああああ!!!!」
アサヒの体に染み付けるかのように、何度も何度も教え込んだその術は…初代火影にしか会得できなかったという
木遁忍術だった。弱くて何の力も持たないアサヒを宗家嫡子として守る為には、他の追随を許さぬ何かが必要だった。
だからこそ、厳しく辛い修行を課して来た。亡き妻に似た優しい気性の息子の将来を案じて、心を鬼にして鍛えて・・。
それゆえに、甘えを許さぬために、きつく突き放して育ててきた。
全ては妻との約束のために。二人の愛の結晶であるアサヒを…幸せにするために。
「気が付いたか?」
綱手がネジを覗き込む気配がした。それに、ネジは静かに頷いた。
「…敵はアサヒが捕縛したよ。あたしの祖父の木遁忍術で檻を作ってな。たいした才能じゃないか?」
「そう…でしたか。」
分かっていた。アサヒならきっとやってのけると。ただ、あれはヒナタを殺したのが自分だといつも罪悪感に
襲われていた。そして優しすぎた。だから…ネジにも勝る天賦の才を発揮できずにいただけなのだ。
でも、いくら忍術に長けようとも、白眼がなくてはアサヒの未来は閉ざされたまま。
…誇り高き宗家に生まれながらその身に呪印を背負うことになる。
それに・・・。先程から感じるこのチャクラの質は・・・。
「…綱手さま。…ハナビ様の子が…死んだのですね?」
「ああ…侍女共々、即死だった。奴等の狙いは最初から宗家嫡子。宗家の根絶やしを目的にしていたからな。」
ネジは深く深く嘆息した。だが、綱手は話しを切り替えた。まるでこれからが本題なのだというように。
「これで…本当によかったのか?」
「…はい。」
「お前は…いつだって人の注目を浴びて…賞賛され続けてきた。そのお前が…いいのか?
こんな形で…すべてを失って…」
「綱手さま…俺は何も失ってなどいませんよ。」
「?!」
「ヒナタが死んだあの日から…俺はアサヒの為だけに生きてきた。アサヒがそれを受け継いでくれるなら」
「・・・・・・」
「俺は何も失ったことにはならないんです。」
「そうか…。」
綱手が立ち去る気配がした。ネジは暗闇の中でそれを感じ取る。
彼は永遠の闇の中にいた。
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