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アサヒが自分の能力に目覚めたその日は、一族にとって悲劇的な歴史を刻んだ日でもあった。
次代宗主に選ばれた赤子が死に、その父である分家頭もこの世を去った。
そうして多数の分家の命が散り。生き残った宗家はネジとアサヒとハナビのみ。
(守ると…誓ったのに…)
やりきれなさに、涙が止まらなかった。そして一族のアサヒに対する眼差しも…どこか冷たくて。
優れた忍術を会得しながら、なぜもっと早くに発揮しなかったのかと、責めるような空気に心が軋んだ。
だが、アサヒ自身どうにもならなかったのだ。
ネジが…父が殺されそうになる瞬間まで、能力を発揮することも出来ずにいたのだから。
(僕は…どうしていつも…人の期待を裏切り続ける?どうして僕は…こんなにも…)
幼い従妹の棺に涙が止まらなかった。叔母のハナビは衝撃の余り葬儀にも出られぬほどで。
そして父は…ネジは一命を取り留めたが、右手を失って…病院に入院している。
残された、こんなにも皆を失望させている自分が、宗家の名代として葬儀を取り仕切らねばならない。
やりきれなかったが、それでもアサヒは自分の責任を果たし続けたのだった。
夜、綱手の使いであるシズネが宗家に訪れた。
葬儀や諸々の儀式を終えたアサヒに、シズネは少し躊躇い、それから彼を窺うように切り出した。
「宗主様からの命令なんです。…アサヒ君の体もきちんと検査させたいと。だからこれから
木の葉の病院に検査入院して欲しいのだけど・・。異存はないですよね?」
「父からの命令なら、従います。…ところで父は…どんな具合なんでしょうか?」
「え?」
「父から…見舞いには訪れるなと、きつく言われたものですから、僕は父の容態が分からないんです。」
「そ、そうなの。大丈夫よ。宗主様は…とても良くなっておられるわ。」
微かに帯びたシズネの憂いに、アサヒは不安をおぼえたが、改めて問う事は出来なかった。
そして。
(なんだ?これは…どういう事…だ?)
検査だからと飲まされた液体。その直後に意識を失って、目覚めれば違う感覚の世界にいた。
視界が360度見渡せる。気を抜けば、病室の壁をすり抜けて、廊下の外を歩く人間まで見えてしまう。
(これは?どうして・・・僕には白眼は発動できないはずだ・・・なのに・・・どうして?)
「お前の目は、ネジの目だ。」
「?!」
回診に訪れた綱手がアサヒの疑問に答えた。そしてその内容はアサヒに凄まじい衝撃を与える。
「なっ…なんですって?!父の…父の目ですって?!」
「ああ。移植したんだ。幸いお前の場合、神経は並外れた白眼能力を有していた。それだけならネジをも
上回る優秀さだ。だが血が強すぎたのか。…眼球にだけ白眼の遺伝がなかったんだ。これはお前が
生まれた時から分かっていた事でな。だから眼球さえ移植できればと…今回手術したんだよ。」
「そんな…それでは父は?僕の父上はどうなるんですか?!」
「…お前が生まれた時、お前の母…ヒナタが泣いてな。私の目をこの子に与えてくれと…それは凄い嘆きだった。
だが…眼球の大きさも性差もあって、それは無理だった。だから、ネジが…あいつがヒナタに誓ったんだ。」
「?!」
「自分の目をお前に与えると。父親として、アサヒに自分の能力を…命ともいえる白眼をやるのだと。」
「!!」
「あいつは誓ったんだ。」
「ただ…眼球の大きさも質も、幼いお前に合わせるには、お前の成長を待つしかなかった。
そして…ネジ自身の眼球も若さを保たねばならない。それには…秘術である禁忌の薬を服用するしかなかった。
そしてその薬は若さを保つ代わりに、ある瞬間に一気に内臓を破壊して死に至らしめる。
…ヒナタは、さすがに ネジをとめたよ。目も…ネジを失う位なら与えなくていいと。
その代わり、二人でアサヒを愛し守ろうと。
だが…ヒナタが死んで…その時にお前も大怪我を負ってな。再検査の結果、その眼球のままでは
白眼の神経との不和から…成人前には死んじまうと分かったんだ。
それで、ネジは決意したんだろう。お前を救うためにその薬を飲み始めたんだよ。
そうしてお前に目を移植できる時期をはかりつつ、お前を鍛えて…もし移植に失敗して最悪目がなくなっても
生きていけるようにと…色々な術を教え込んだのだろう。お前に疎まれようとも…
不器用なアイツにはああするしかなかったんだと思う・・・。」
「ぼ…僕は…」
「?」
幾筋もの涙がアサヒの頬を伝った。
「僕は…っ…一度だって…父上を疎ましいなんて…思ったことはなかった…!」
「…アサヒ…」
「僕は…父上が…僕を憎んでいるんだと…それだけが悲しかった!でも…父上は僕を憎んでなんかなかったんだ!」
「・・・・」
「父上は…僕を…嫌いなんかじゃなかった…!それどころか、僕の為に全てを犠牲にして下さった!」
「・・・・」
「そんな父上の愛に…気付けなかった自分がっ…申し訳なくてっ…僕は…恥ずかしい…」
こんなにも愛されていたのに…自分は父を失望させてばかりだった、それがアサヒを責め苛んだ。
「僕なんかのためにっ…僕なんかのためにっ…ちち…うえも…はは…うえも…っ」
「アサヒ、…何が真実か、父に問うてみるがいい。時間は余り残されていないのだから。」
綱手の手がアサヒの背中に触れた。残された時間は…わずか?
アサヒは目を瞠った。
通された病室は個室で静かな環境だった。その部屋の白いベッドの上に、背もたれによりかかりながら
包帯で目を覆われたネジが座っている。
(…父上…)
シズネの言葉から感じた不安は的中していた。禁忌の薬の反動で、ネジはかつての面影もなく
やせ衰え、肌も青白さを増していた。それでもどこか威厳が漂い不世出の天才であったのだと伝わる。
アサヒにとって、ネジは偉大な宗主であると同時に誇りでもあった。どんなに蔑まれようともネジが好きだった。
だから、あの時、ネジが殺されると思った瞬間初めて力を発揮できたのだ。守りたいと、心から願えたのは
残酷だが…それはネジに対してだけだったのだ。
頭では一族を守ろうと決意しても本能は肉親にしか反応しなかったのか。
そして、その罪の代償は目の前のかけがえのない人を、これから失う事で支払われるのかと。
苦い思いに思わず唇を噛み締めていた。隣りに立っている綱手が、そんなアサヒを暫く見詰めていたが
視線をそらすと、ネジへと彼女は声をかけた。
「…ネジ。最後に、お前の息子に全て伝えてやるんだな。彼がこれから生き続けるために…な。」
(父上…)
ネジが静かに顔をこちらに向けた。眼球のない彼にはもう何も見えない。だから声にだけ反応する。
白い包帯がやけに胸を締め付けた。
綱手が去って、二人きりになった。アサヒは丸椅子にすわり、ネジを見詰めた。
「…父上…綱手さまから聞きました…。父上は…僕の為に…命を失うのだと。そして日向の至宝である
その目を僕に与えてくれたのだと…。ぼ、僕は…何を持って父上と母上に報いればいいのですか?
こんなっ…僕などのために…お二人を不幸にした僕は…どう償えばいいのですかっ?」
「償うことなど、何もないさ。」
「え…?」
「子供が親に償うことなど何もない。」
「父上?」
「それにな…ヒナタと俺は…お前が産まれてくれて…幸せだったんだ。」
ネジの口元が綻んだ。夢見るようなその表情に、彼が亡き母を思い浮かべているのが分かる。
「短い間だったが…お前とヒナタと過ごした時間は、俺の人生で一番幸せな瞬間だった。そしてヒナタを
失ってからも…お前がいてくれたから…俺は生きることが出来たんだ。」
「で、でも父上は…っ」
そっとネジがアサヒの手に手を重ねる。それにアサヒは息をのんだ。
「アサヒ…。俺がお前に望むことは唯ひとつだけだ。」
「?!」
「生きてくれ。」
『 ネジ、お前は生きろ 』
かつてネジの父親が、それを願ったように。
自分もそれを我が子に願う。
そして、これこそが何よりも真実だったのだと
自分の死期を悟った瞬間に心から理解できた。
そう…親が子に願う、最も単純で深い…唯ひとつの想い。
「アサヒ、俺とヒナタの命を受け継いで…生きてくれ。」
一瞬力強く握り締められたネジの手は、次第に力を失っていく。
「ち…父上?」
アサヒの目の前を、ゆっくりとネジが崩れ落ちていく。
「父上?!!」
日向始まって以来の天才、木の葉隠れの里を代表する上忍であった男の…
それはあっ気ないほどの死であった。
あれから何年が過ぎ去ったのか。
アサヒは日向宗主でありながら火影に任命されて。
偉大な木の葉を導く者となった。
だが、それは全て父のおかげであると、彼は引き継いだ父の目で鮮やかな青空を見上げる。
「父上、僕は…生き続けると誓います。あなた方の誇りとなれるように。確かな証しとなれるように。」
受け継いだものは余りにも大きすぎて、父の最期の言葉に答える間もなかった。
だから、いつもその父への答えは、アサヒの中で伝えるべき人を捜してさまよっている。
さまよって、いつもたどり着く先は、夢の中に現れる幼い頃の父と母の姿で。
幼い頃の姿に戻った自分は二人に駆け寄って、優しく抱き締められて。
それから、何度も二人に叫ぶように言い続けるのだ。
生きるのだと。父上と母上の子として恥ずかしくないように、生きつづけるのだと。
…笑ってヒナタがアサヒに頬擦りしてくれる。笑ってネジがアサヒの頭を撫でてくれる。
そうか、そうかと、優しい父の声に涙が溢れた。
そんな幸せな夢に泣きながら目覚めた朝は、泣き腫らした顔とは逆で、とても胸が温かかった。
そして、まだ夢から醒め切らないのか、微かなネジの声が聞こえるような気がした。
お前は俺たちの愛の証し・・・。確かに愛し合って生きてきたのだという
『俺とヒナタ様の…命を継ぐ者…』
(了)
☆ キリバンを踏んでくださった、佐和さまからのリクエストです。
実家からの帰り道で浮かんだ話しを絵日記にて書きましたところ、それを
リクエストして頂けまして、本当に佐和さまには感謝です。
漫画で浮かんだお話しで、小説と挿絵のコラボで捧げようと思ったのですが
食い違いが大きいので小説のみで。それでも大部割愛しちゃってます。
足りない文章力ですが、頑張りました。
リクエスト、ありがとうございました。
(2006/5/10UP)
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